スポンサーサイト    --/--/--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
入院してました 2    04/28/2006
↓1からつづき

2日目も相変わらず寝たきりで洗面とトイレ(病室にある)に立つ以外は
殆どベッドの上。
食事はなかなかボリュームがあり味付けも悪くはないのでなんとか殆ど食べられます。

朝採血してプロゲストンデポーを打ちひたすら横になりテレビを観る。

昼過ぎに実母が見舞いに訪れ
「まぁ~あんたって子はいつもいつもビックリさせる子やね~
わたしゃ頓死するかと思ったわ~」
と開口一番いかにビックリしたかを述べながら入ってきました(笑)

「すんませんなぁ~」
「もうね、去年の事(子宮頸がん)よりも驚いたて~頭ん中ぐちゃぐちゃやわ」
と大げさなくらいにまだビックリ度をしゃべってるし…モウイイヨ

そう言いながらもケーキやおかきなどの娘の好物はちゃんと覚えていてくれ
やっぱ親はありがたいなぁ~と感謝。

その後夕方までいてくれその間わたしは許可が出たのでシャワーを使って
その間母がシーツの中でくちゃくちゃになった布団を直してくれ
快適に眠れるようベッドメーキングまでしてくれて帰っていきました。

なんとか母にも娘であるわたしの赤ちゃんを抱っこして欲しいなぁ…

そう思ったところで看護師さんが
「yukipooさん診察しますよ~」
と呼びにきてくださり車椅子で診察室へ。

予定では明日が診察なのにな…

そう思いながら待っていると先生に意外な事を言われた

「妊娠を示す数値が上がってこない…普通は倍倍で上がるんだけど数値が横ばい。
これは赤ちゃんが発育を止めてしまったということ。
どうする?もう帰るか様子を見るか?」

一応内診台へあがり超音波で診てもらう

「あれ?内膜はまだ厚いなぁ。普通赤ちゃんが成長止めたら
どれだけ黄体補充しても内膜は減るんだけど…」
と言われなんだか奇跡が起こりやしないかと思い
「もう少し入院して様子を見てください!」
と頼み、先生も
「そうか、じゃあどうかうちの(検査の)機械が壊れていた事に賭けよう」
と言って下さりもう少し入院して様子を診てもらうことにしました。

病室に戻り泣きそうになったけどここで涙なんか出したらあかんなぁと思い必死でこらえ
その後はひたすらお腹に手を当てブツブツと
「どうかどうか頑張って生きてよ~ちゃんと生まれてきてよ~動けー動けー」
と念を送り続けていました。
夫が来てもこの事は伝えず普通に振舞って面会が終り帰るときも
普通に(心で泣いての状態で)送りました。
どうか明日の結果が良いものでありますように。
病院の機会が不具合を起こしていたということでありますように。



翌日再び採血。
プロゲストンデポーを打ち、着床の診断が下ったときに打った
赤ちゃんの免疫を高める注射を(カナリ痛い…)お尻に打ち
祈るような気持ちで外来診察のときを待ちました。

昼食後母がまた来てくれ、しばらくすると看護師さんが来て外来へ…

どうかこの母のためにも赤ちゃん生きていてくれ~と思いながら待つ事数分。

結果、数値はどんどん下がってきているとの事。
もうこれは機械の故障でもなく、赤ちゃんは自ら生きるのを止めてしまってました。

まだ着床がわかり日が浅いので
手術もすることなく自然に出血して出てしまうという事です
普段より重めの生理が来るという感じでしょう
身体にはあまり負担が掛からない時期というのは不幸中の幸いなのですが…


さてもうここ(病院)にとどまる意味もなくなったし退院する事に。
昨日は車椅子で病室へ送っていただいたのがもうそれも必要なくなり
歩いて病室へ戻りました。
泣くまいと思い無理しおかしな笑顔のまま診察室を出て病室に戻り
母の顔を見たらはらはらと涙が…
「お母さん~赤ちゃんあかへんなんだ~成長止まっちゃった
うぇぇ~ん…」
幼稚園の子供みたいに泣いてしまった

母は
「あ~可哀相に~わたしのyukipooちゃん!」
なんていうタイプのひとじゃないので
「しかたないよ。わたしは心配しとったんやよ。
あんたがこんな世の中で今さら子供生んで育てていけるか。
今回のことはもうあきらめやぁ。縁のなかった子なんやでね。」
と実に母らしい言葉をかけてきました。
でもなんだかんだ言ってもちょっと嬉しそうにしていて昨日なんか
「腹帯とかどうしたらいいんや?
天満宮で印押してまってわたしが持っていきゃあいいんか?」
なんて早とちりなこと言ってたし。あのぶんじゃ初節句の心配までしてたろう…


はぁ~本当難しいや。
欲しくて欲しくて頑張ってやっと手に入りかけていたのが
スッと消えてしまったようにあっけなく終わってしまいました。

もうわたしたち夫婦はこれ以上の治療は望んでいないし
あの注射に通う日々もしんどい採卵ももうする気力も労力も
わたしにはありません。
自然妊娠などはもう殆ど不可能でしょうから生涯子供を持つ事はないでしょう。

これはもうずいぶん前から心に決めていたし
この治療で最後にすることにしていました。

今回妊娠(着床)する事ができたのだから頑張ればまた妊娠できる。
そういう思いも頭をかすめましたがだからといって次回また治療をして授かるものでもないでしょう。
もうなにしろ気力が無い…

そういうわけでわたしたちはもう子供の事は諦め
夫婦ふたり今までどおり仲良く、豊かな老後を楽しく充実した思いで過ごせればなぁなんて思っております。

もちろん親子連れを見かけりゃうらやましいし
妊婦さんをみれば「わたしだって…」て思うだろうし
年を取り死ぬ間際まで子供を持てなかったことは残念に思うでしょうが…

だからといって妊婦さんを恨んだり
子のいる夫婦に意地悪な事をいったりする気はサラサラ無いし
どこの家庭の子も幸せになって欲しい、妊婦さんは元気なよい子を産んで欲しい。
そう願い続けていきたいと思っとるのですわ。

今現在このわたしの拙い文章を読んでくださる方で
赤ちゃんが欲しいその一心で治療を続けている人
どうか治療が実りいつか可愛い赤ちゃんがきてくれるますように…

治療の成果が実り待望の赤ちゃんを抱く事が出来たママは
どうかその宝物を大事に大事にしてください。
子供が授かりこの世に出てこられる奇跡を知っている両親から生まれた赤ちゃんはきっと命を大事にし、だれからも愛される素晴らしい子供さんだもの。大事に育ててください。

それとお祝いのコメントをくださったお友達
どうもこんな報告でごめんなさい
きっとyukipooはいい報告をしてくれる!そう思ってる方ばかりだったでしょうに。。
こんな報告でわたしも残念無念です。。

今後もまたこちらのブログで愚痴や日常のくだらない事を書いていくつもりです。
赤ちゃんのいる人いない人、不妊治療中の人…
こんな今のわたしにコメントはつけづらいかもしれませんが
また書き込んでくださると嬉しいです


今現在まさに生理がきそうなお腹と腰がダルくてどーんとした感じがでてます
出血は殆どみられないのですが
まだあの成長を止めたタマゴは内膜にくっついているようです。。。
そう思うと何となく切ないけど…


では今度は完全復活したyukipooを楽しみにしていてください♪
スポンサーサイト
入院してました 1    04/28/2006
24日(月曜日)の夕方から茶色いオリモノが出るようになり
あれ?と思っていたところ夜入浴後寝る前に
トイレに入り用を足したところ鮮血が出てきました。
びっくりして病院に電話をして
「このあとお腹が痛くなったり出血が多くなったらまた連絡してください。
一応明日の朝一番で外来にもお越しください。」
そう言われその後特にお腹も痛くならず出血も治まったようなので少し安心しました。
翌朝一番で外来の診察を受け診察室で先生から
「『偽(擬?)月経』といって生理が来る頃に出血する事はよくあるから」
と言われその後内診台へ上がりました。
「あれ?ポリープがあるね。ここに赤ちゃんがくっつくと流れてしまうかもしれんなぁ…」
妊娠(着床)した影響なのかポリープから出血していたようで
この出血がひどくなると赤ちゃんも出てきてしまう可能性もあるらしいです。

「これから入院して安静を保って黄体ホルモンを注射に切り替えて管理していこう。
せっかくの赤ちゃんだから全力でなんとかしたいし」
と言われ家に帰って用意するまもなく車椅子に乗せられ病室へ運ばれました。

夫に電話して入院に必要なものを一揃え持ってきてもらい
2週間の入院予定のため、治療の事も妊娠した事も伝えていなかった双方の親にも連絡せざるを得なくなり
仕方なく連絡しました。

夫と一緒に義母が来る途中にこまごまとした買い物をしてくれ
病室にも顔を出してくれました。
去年の子宮頸がんの円錐のときも心配かけてまた今度は切迫流産で心配かけてしまう事になり
心底『ダメ嫁ですんません~』な気分になってしまった…
お義母さんあの義父の世話だけでも大変なのにこんな事で心配かけてごめんなさい!
そんな風に本当に義母には申し訳なく思いました。


その後入院中は黄体ホルモン(プロゲストンデポー)を朝夕一日2回注射して
毎日採血してhcg値を見て赤ちゃんの動向を見守っていく事になります。

前日出血の不安から眠れずにいたのですが
先生の”全力で赤ちゃんをなんとかしよう”という心強い言葉に安心し
入院1日目の夜はぐっすり眠る事ができました


毎回高温期の度に不妊サイトにて妊娠『超』初期症状を必死になって読み漁ったものでした

それによると妊娠された人たちの初期症状として
生理前の腹痛がきて(あるいは頭痛)もうダメだと思ったらおめでただった…
とか、生理の始まる頃の微量な出血を見てあきらめかけていた…
なんてコメントが載ってたものだった。

それを読んで今に生理が始まりそうな症状があっても
「もしやこの生理前っぽいものこそが妊娠の超初期の症状では?」
とおおいに期待をして結局だめだったりで
「ちっくしょ~~!やっぱ生理前の症状は生理前の症状でしかないんやーー!」
と涙したのも一度や二度ではありませんでした。

そんな期待して盛り上がり生理が来て大いに凹むということを
何十回と繰り返し、今回も例により生理前の症状が出てきたため
もうすっかりあきらめていたのです。

ちなみにわたしの生理前の症状とは
?頭痛 ?腰痛 ?足の内出血(いわゆるクロジってやつ) 
?内膜症の箇所の痛み…お尻の穴の上あたりがシクシクする
?吹き出物 等ですが今回まず高温期10日目あたりから
?頭痛が起きました。続いて?の内膜症の痛み
その後お風呂の中で足にクロジ発見!
もうあかんなぁ~と思い一回目の判定で一応望みがでてきましたが
その後も腰痛、吹き出物と生理が来ると思っても不思議はない症状でした。

まさしく生理前=(イコール)妊娠(着床)の症状といった感じです


さてわたしのその後といえば着床を認められたものの
画像で確認したわけでもないのでいまいち実感が沸かず…

しかし昨日いきなりウンモ(汚い話ですんません)が出なくてあせりました。
わたし便通にかけては自慢してもいいくらい快便女です
毎日お通じがありへたすりゃ日に2~3回ある日も。
一日出なけりゃ一大事なのですが昨日はしそびれて出なかったでもなく
便意がまったく起きませんでした。
まるで便意を伝える神経が切れちゃったのか?てくらい便意も起きず
お腹も痛くならず…
それで今日出なかったどうしようと思ったのですがあっさり出ました。
昨日一日出なかったというのに硬くも無くスルっと…
一体なんだったのでしょう?
そして色の濃い(薄茶色)のオリモノが…一瞬出血かと思ったのですが
半日でおさまりました

あと頭痛ですが昨日はかなり辛くて仕事から帰り少し横になって休んでました
頭痛薬が飲めないのでひたすら我慢我慢…
お風呂に入り血行がよくなったのかその後かなり楽になり
今日はもうスッキリ痛みも取れました。

うっかり走ったり重いものを持とうとして夫があわてて飛んできたりと
せっかく着床できたのだからもうちっと自覚を持って行動しろよ!
な感じのわたしです。

明日はお休みですが掃除もしたいし洗濯も大物洗いをしたい気分ですが
家事は夫におまかせでマッタリさせていただくことにしましょう(笑)



お祝いのコメントをつけてくださった皆様どうもありがとうございます
こんなわたくしめの事で一緒にドキドキして祈ってくださり
また判定後は我が事のように喜んでいただいて…
本当にありがたく思っております。今から順次お返事書いていきますね!

それとNさん♪
もちろん覚えてますよ!どうされているか気になっていましたが
そっと見守ってくださった事を知り感激です!
また遊びにいらしてくださいね



判定    04/21/2006
一回目採血…ET7日目
過去2回ドキドキの判定日っつうものを経験しているのですが
2回とも最初の採血の時点で着床が確認できず
採血後30分ほど待合で待たされてから先生の待つ診察室へ行き
今回はダメだったという宣告を受けしょんぼりしながら帰っていったものでした。
今回も生理前の頭痛も出だしたし体温は高かったものの
これも黄体の補充のせいだと思っていたので期待はせずに諦めの境地で待っていました。

やがて名前を呼ばれて当然のように先生の元へと向っていたら
看護師さんが
「yukipooさん!お注射ですよ」
と呼び止められました。

え?え?

「数値がまだわからないのでね、また明後日採血に来てくださいね」
と言われプロゲストンデポーの注射を打ち帰ってきました。

この時点でかなり動揺してクルマを止めていた駐車場の反対方向へ歩いて行き
「あ、違う違うこっちやなかったわ~」
と独り言を言いながら自分の車の止めてある場所へ歩いていったのでした。


なんでや?明後日また採血ということは望みがあるのか?

その後2日間またもや落ち着かない気持ちで過ごしました…

二回目採血…ET9日目
2回目の採血を受けられるというのは今までと違って期待ができるはず。
そう思いつつも今まで複数個移植して前回なんかは
スーパーハイグレードで透明膜から出てきつつあった胚を戻してもダメだったので
今回あれから年も重ねているしましてや一個だけという
あきらかにダメな雰囲気だったためどうしてもいい結果は考えられずにいました。

すぐ呼ばれて採血をして待合で待つこと30分以上
緊張のあまり手に汗が浮かび脇からもいやぁ~な汗が滲んできたし
もう怖くて怖くてぶっ倒れそうな思いで待っていると再び名前を呼ばれました

先生の前に案内され腰掛けると検査結果の説明を…

着床を示す数値が前回少し出ていて今回の数値が前回の倍以上出ていれば
着床した事を確認できるのだという説明を受けて
結果の数値が書かれた用紙を見せていただくと確かに一昨日の数値より
2倍を超える数値が示されていました。

「2倍以上の数値だから着床したよ」
と先生に言われびっくりしたあまり気の抜けたような返事しか出来ませんでした
「は、はぁ~そうなんですか…」

なんていったって今回もあかんと思っていたため
先生には今回限りで一応治療は区切りをつけるという事を伝え
今後の子宮がん検診についてたずねることしかイメージしていなかったので
とっさには気の利いたお礼の言葉すら出ませんでした

先生も
「今まで苦労してきたからなんとか無事に出産まで行って欲しい。
だから今日は流産防止の注射を打って薬を出すから来週また来なさい」
と言われたところでやっと
「ありがとうございます」
と言葉が出てきました

その後お尻に注射を打つために用意を…
おっと!今日はいい結果が出るよう夫の赤いボクサータイプのパンツを拝借したのだった。
ひぇぇ~男物のパンツだよ恥ずかしい~と思いながら看護師さんに
夫のパンツなどと悟られないようにさっと毛糸のパンツとともにおろして
事なきを得ました

あせったあせった…

そんな感じでいまだに信じられないわけでして…
一応『妊娠反応陽性と診断された方への注意事項』という注意書きにも書いてあるのだが
パソコンの電磁波を浴びないように、やむを得ず使う場合はプロテクター
またはアルミホイルで下腹部を保護する。と書かれているためアルミを腹に巻き
心配してこのブログを覗きに来てくださる方々に報告している次第です

まだまだ着床したというだけの段階のため今後どうなっていくかはわからず
手放しでは喜べないのですが頑張ってくっ付いていてくれる
このタマゴを信じて胎嚢、心拍確認できるのを待ちたいと思います

一週間、二週間後と嬉しいご報告ができますように…
落ち着かん!    04/18/2006
昨日から頭痛が出だしたのだけど今日はさほど…
痛いというか頭が重い感じ。

今日のこの天気の所為か(晴れてるのに霞がかったような)
木の芽時だからなのか頭痛に関してはこの時期はいつものことなんだけど
でもでも、やはり生理前かも?と思ったりで落ち着かない。

しかし昨日は頭痛が出だして、こりゃもう今回も無理だろうということで
あのあとお風呂で泣きました。
夫にばれないようにシャワーを顔面に当てて
「うぉ~~!」
と男泣きでした(笑)
しかしこんなこともういい加減最後にしたいわい…

そんな感じでひとしきり泣いたらけっこうすっきりしたさ!

もう残念な結果でも泣かない!

そう決めたのだ~~



そう思った今朝の体温37.17℃
発熱してるんじゃ?
おいおい期待しちゃうじゃんか…でもこれは強力な黄体ホルモンの補充の成果でしょう
そのおかげで生理が始まっても高温が続いたりするのよ
これがまたかえって悲しい…




う゛~~~    04/17/2006
なにやら頭痛が現れ始めました…

判定日を待つことなくもう撃沈を確信しつつあります…

はぁ~うまくいかんもんやなぁ(´・ω・`)

ET5日目    04/17/2006
4/7 (12日目) 36.56℃  HCG注射(模擬排卵を起こすため)
4/8 (13日目)36.46℃  排卵?
4/9 (14日目)36.74℃  HCG注射 高温期に移行した模様…
4/10 (15日目)36.83℃
4/11 (16日目)36.96℃
4/12 (17日目)36.57℃
4/13 (18日目)36.94℃ ET当日
4/14 (19日目)測り忘れ  ET2日目
4/15 (20日目)37.03℃ ET3日目
4/16 (21日目)36.77℃ ET4日目
4/17 (22日目)36.95℃ ET5日目

さてET5日目になりました
体調は別になんも変わりません
ET当日&翌日はお腹の中が少しチクチクしたりしましたが今はそれもなく
あとは足の付け根がチクチクするくらいかなぁ~
でもこんなものはいつもの高温期の症状と変わらないし…

黄体補充をしっかりしているせいか顔がほてって赤ら顔です
そしてやはり身体が熱っぽくてかなわんです
しかし今回いつも現れる『胸の張り』がまったくないんだなぁ~
触っても痛くもないし…

そんな感じで悶々と過ごすこの頃です

あと薬漬けのせいか舌がおかしい
味覚がなんか妙でしたが昨日あたりから薬の量が減ったので
その変な感覚も消滅しつつあります。



今周期のお薬一覧
プレマリン=卵胞ホルモン(周期5日目から)
プロゲストン=黄体ホルモン(排卵からETまで)
膣坐薬=黄体ホルモン(病院お手製♪らしい)プロゲストンから切り替わり、ET後から
バナールN=ニコチン酸トコフェロール(血行を良くする薬)
ドルセファン=セファドロキシル(抗生剤、細菌を殺菌する薬)
メドロール=メチルプレドニゾロン(炎症やアレルギーを抑える薬)
ニトギス=低容量アスピリン(血管内で血液が固まるのを防ぐ薬)

今日の時点では朝2種類(プレマリン、バナールN)、昼1種類(バナールN)、
夕方3種類(バナールN、プレマリン、ニトギス)に減りかなり楽。
しかし黄体の膣坐薬がこれまたナンギでして…
挿入後15分くらい横になるのですが(これでかなり吸収されるらしい)
その後絶えず漏れてるような…ナプキンが手放せない毎日です(:_;)

父の命日(3回忌)    04/15/2006
先月3回忌の法要を済ませましたが
実際の命日は本日4月15日でありまして。

あんなに悲しくて泣いてばかりいたわたし…
といってもさほどファザコンってほどでもなく
むしろ逆に父のことを苦手に思っていたわたしなんですがね。

そんな父が亡くなった日の様子を書いた日記のファイルがまだ残ってました
前に公開していたホムペの中の父のことを綴った日記に書いてあったものです。




続きを読む

胚写真    04/14/2006
本日2回目の書き込みっす↓の記事もあわせてご覧くださいませ♪
touketuhai.jpg

昨日の胚の写真です(クリックして拡大できます)
右下のひときわ円周の輪郭がはっきりしているのが戻した胚です
あとのは望み薄なので廃棄処分…おぉ可哀相に( ̄ーÅ)ホロリ

使った胚の中の黒い塊がこの先うまく行けば胎児となってくれる部分だそう

そんなこと聞いたら
「おおそうか~ここが人間の形になってやがて指しゃぶりしたり
頭ぽりぽりもしたりするんだ~」
なんて思ったらこのただの胚がとてつもなく可愛いやつに思えてきました

「どうかうまくくっついて母を喜ばせておくれ~」
と昨日はずっとお腹に手を当て念を送り続けておりました。

この後19日(来週の水曜日)と21日(同金曜日)に採血して判定。
1回目の採血で着床の確認が出来なかったら2回目の採血は無しです。
この判定日までがまた落ち着かない日々になるのですが(ユウウツ~)
プレプレママの気分を味わうことになりましょうや(笑)
なんとか無事に終了    04/14/2006
昨日はあの後予定より早く12時10分頃病院へ到着

一応暇つぶし用の本を2冊持って行ったのだけど
途中コンビニに寄ってお茶と『週刊新潮』を購入

なんか持っていった本は一冊は文庫本だけどもう一冊は
おぼっちゃま君の漫画でおなじみ小林よしのり氏の
『靖国論~新・ゴーマニズム宣言』
いやちょっとあまりにも話題の靖国神社のことを知らなすぎなんで
買ってみただけです…右翼っぽいかも…

とにかく新潮やら靖国やらおっさんの胆石の入院みたいな。。。

それはさておき8割がた尿をためて向ったのですが
着いてから用意をしてわたしを含めて3人のETの患者さんがいらしたのですが
わたしは3番手…
だったため到着してから軽く2時間ほど待たされ
8割どころかまたもや100%もうちびりそう状態で体外受精室へ

タマゴさんたちの為であろう薄暗く暑いくらいの部屋で
ショーツをヌギヌギして病衣のポケットにしのばせ
台の上にヨイショっと。

いつもの体外受精の専門の先生が顕微鏡を覗きながらスタンバッておられます
と思ったら院長先生(主治医)がお出ましに…
院長先生にETをしてもらうのは初めてだ…
いつもお世話になってるので体外受精の先生には申し訳ないが
いつもよりリラックスできたような。。

その前にタマゴの状態の説明を…

6個の凍結胚のうち2個はダメになりました_| ̄|○
残り4個のうちひとつは胚盤胞になれそうなグレードの高いもの
あと3個は分割しそれぞれ2分割、4分割、8分割まできたのですが
途中で止まってしまったり今にも止まりそうなもの。。

よって移植できるものは1個のみ_| ̄|○

ε-(ーдー)ハァ一個でもグレードが高くて胚盤胞まできてるのならよしとするか

いよいよET開始

お腹にジェルを塗られ経腹による超音波の画像
器具をおしっこ満タンの膀胱の上をグリグリされると死ぬほど辛いのー!
思わず放尿しないか心配しながら耐えました

たったの一個だからあっという間に終了(-_-)

管を入れて尿を出してもらい、ストレッチャーでケアルームと称する病室へ

その後左下30分右下30分さらにもう一度繰り返し
2時間後は好きな方向を向いて合計6時間安静するよう言われました

なんだか隣の方との会話で小耳に挟んだのですが
子宮外妊娠の予防のための寝方らしいですわ

持っていった本を読破して備え付けのテレビを観ながら
午後8時15分になりようやく身体を起こしても良い時間になりました

着替えて病室の冷蔵庫の黄体ホルモンの膣坐薬を忘れずに持って
ナースステーションに立ち寄りお借りした体温計を返し
「忘れ物ないですか?坐薬も持たれました?」
「はい大丈夫です!」
元気に答え家路に着きました。

そして今朝の7時半病院から電話が。
ドキドキしながら用件を聞くと
「yukipooさん電話忘れてましたが」
忘れ物しとるやんか。。。

携帯を家に置いてくる事はあっても
外に忘れてくるなんざ初めてのこと…

嫌な予感??((-д- 三 -д-))悪いこと考えちゃいけませんな。

ET当日朝!    04/13/2006
昨日からET可能な胚ができているか心配でドキドキしまくりでした

緊張のあまり眠れないかも…
そう思いながら床に就いたのですが

ガーガー寝ておりました…(・・*)ゞ

それでも朝起きてからはやはり落ち着かない…

神棚にお神酒を供えお水を替えていつも以上に念入りにお参りをしたり

とくダネを見ていても10時になるのが怖いやらでテレビも集中できん

いつもなら朝起きたらおなかが空いて
「早く朝ごはん~」
なんてくらい食いしん坊なのに食欲もない…
キウイとヨーグルトを無理やりおなかに収めて時を待ちました


さてリビングの時計が10時ちょい前を指し
心臓の動悸も最高潮を迎えてキター!

番号を押して受付嬢が出、用件を伝え保留メロディーを
これまたドキドキハァハァしながら待ちました

待っている間もしダメだったときのこと、ここで治療がストップしてしまうことをイメージしてました

ようしだめだったらもう今まで治療のために控えていた
旅行もしてやるー!好きなもの買い捲ってやるー!
と腹を括ってました

…と保留メロディーが止み担当の方の声が

緊張のあまり息遣いが荒くなってたわたしは
「はぁはぁ…お、お姉さんのパンテ(略…」
なんていうあやしい電話と間違えられないように息を潜めて
担当の方のお返事を聞きました

「yukipooさんタマゴ戻しますからね」
と言われ殆ど絶望視していたわたしはちょっとびっくりしてしまい
「・・・・・」(はぁはぁ言ってかも)
声を発することが出来なくなっておりました
「yukipooさん?」
と声を掛けられ
「は、はい!じゃあ予定通りうかがえばいいんですね?」
「軽くお昼を摂っておしっこためてお気をつけてきてくださいね」
「はい!よろしくおねがいします!」

オシッコをちょうどいい量に溜めるというのはなかなかテクが必要なんですな
前は溜めすぎて待っている間悶絶死しそうだったし、
前回はうっかり出がけに出してしまいこれまたお茶がぶ飲みで苦労しました



まだどんな状態のタマゴかいくつ移植するのかは行かないとわかりませんが
とりあえず計画続行です

よかった~今周期の今までの努力が無駄にならずに済みそうです

ではこの後行って参ります
おっとその前に父にもしっかりお願いして!


緊張する~といってた割りにこの長文は一体?なわたしです(笑)




いよいよ    04/12/2006
明日はいよいよ凍結胚を戻すのですが
はぁ~コワヒよぉ~

まず朝電話で戻しうるタマゴがあるかの確認をするのだけど
もし全滅してたらどうしよう~・゚・(ノД`;)・゚・
そしたらこの時点でわたしの不妊治療は終わるのです…



はぁ~悪い方に考えんとこ…

でもやっぱりコワヒ…

明日に備えて早く寝ます…
高温期    04/10/2006
4/7 (周期12日目) 36.56℃  HCG注射(模擬排卵を起こすため)
4/8 (周期13日目)36.46℃  排卵?
4/9 (周期14日目)36.74℃  HCG注射 高温期に移行した模様…
4/10 (周期15日目)36.83℃

予定通りに高温期に突入したようです
わずか0.2~0.3℃の体温の変化ですが心なしか顔とかほてり気味…
黄体ホルモン剤やHCGの所為でしょうか?

毎日卵胞ホルモンや黄体ホルモンを飲んでいるので
先日先生に絶賛(笑)されたキレイナナイマクも引き続き
ふかふかの最高の心地よさのベッドになってくれているといいのですが…

しかしなんといっても卵管溜水腫もちのわたし
せっかく移植してもまた浸水してしまい着床できずに
「あ~れ~」と流されてしまわないかと不安…

そしてとあるサイトで見たのですが体外受精の成功率。
40代になるとガクッと下がってるのですわ

わかっちゃいるけどやっぱ凹む…


どうか最後のチャンスなのでなんとか成功しますように
内膜チェック    04/07/2006
今日は内膜厚を診てもらいました

いつもどおり画像を見ながら説明を受けたのですが
いまだこの画像の見方わからんし…

さて肝心な内膜はというと周期12日目で厚さ9mmありました
なかなか順調ではないか?

先生も
「お!いいねぇ!きれいな内膜だなぁ~じゃそろそろ移植だな」

きれいな内膜…キレイナナイマク…

オォ~内膜が美しいと褒められちまったです。
今のわたしには顔が美しいと言われるよりうれしい言葉ですわ( ̄∇ ̄*)ゞ

そうかそうか。。このままどうかいい状態を保ってちょうだい
そしてタマゴたちよ、きれいに分割してスーパーエクセレントなタマゴに育ってくれい!

その後『模擬排卵』を起こすためにHCGを打ってもらいました。
明後日の日曜日に再びHCGを打ちにいき
来週の木曜日(13日)がいよいよ胚移植の予定
この胚移植の朝に移植可能なタマゴが出来ているか確認の電話をするのですが
これがなかなかドキドキする瞬間でして…
タマゴがなければこのプロジェクトはここでおしまいなのよ
内膜を育てて注射を打って備えておいて今回は残念ですがタマゴがダメでした~チャンチャン♪
なんて笑えないよな~

ってことでとにかく使えるタマゴがあってほしいものです!

ところで以前こちらでも書いたのですが
友達(同い年)の娘さんがわたしの通っている病院で
バイトで働いているといってたのですが(昼は看護学校の学生)
その娘さんが内診室へと案内してくれました
彼女は知っているかどうかわからないけど
赤ちゃんの時はよく遊びに言ったのですが久々に見た娘さんは
まぁとても美しい娘さんに成長していました

わたしが注射を待っている横で採血に励んでました

わたしも早くに子供を産んでいれば彼女までとはいかないけど
大きい子供がいても不思議はないんだなぁ~と不思議な気持ちでした

今さら赤ちゃんなんてわたし大丈夫かよ…
あらためて考えさせられてしまいましたわ。

でもここまで頑張ってきたのだ
やっぱ夫との子供も欲しいし
わたしも母親というものになってみたい。

今度こそキメたいものです…

今日の診察費
内診、HCG、
投薬
ニトギス(アスピリン剤)プレマリン(卵胞ホルモン)プロゲストン(黄体ホルモン)
¥890
養育費    04/06/2006
離婚をし妻が子供を引き取り、
夫側がきちんと養育費を支払うという約束をしたにも関わらず
最初のうちは支払っていたとしてもやがて滞って最終的には支払わなくなってしまう…

まともにきちんと支払う夫(父親)は3割ほどなんていう実態があるらしい。


なぜ唐突にこんな話を…なんて思われるでしょうが
実はわたしの夫はバツ1で先妻との間に男の子が一人います

おっと、勘違いしないで頂きたいのですが
けっして不倫、略奪愛だったわけでは断じてございません!

夫が離婚をした後に知り合い付き合いを始めたので
かぶった時期すらもありませんよ


そんなわけで夫はその息子に養育費を支払う義務があったわけでしたが
その養育費も先月ようやく支払いを終えることが出来ました

先に書いたように途中で養育費を払わなくなるオヤジが半数以上もいる中
わが夫は最後まできちんと父親としての最低の義務を果たしたことになります

えらいぞ!夫!と褒めてやりたいけどその前にわたしのやりくりあっての養育費支払いですよ~
もうわたしとしては自分を褒めてやりたいわ!
よくやったぞわたし。。

新婚の頃はやりくりが下手だったせいか
養育費を支払わなきゃいけない夫の立場を恨めしく思い
それが原因で夫を責めてしまったこともあったっけ…

月にかなりの額を払っていたので
「これがなければ貯金ももっとできたのに」
とか独身時代のように服を買ったり自分にお金が掛けられないのを悲しくも思いました

夫が転職をして収入が当初より減ったこともありました
子供をつくることも仕事のことや自分に自信がなかったのもあったのですが
子供にお金が掛かるのは小学生くらいからだと思ったので
その時期と養育費の支払いが重ならないように
遅まきながら30半ばでの妊娠を目指したのですがこれが意外にも不妊だったため
その分治療にかかるのとそのためにわたしの仕事をパートに切り替えたので
また経済的に苦しい時期がやってきたりで…

こんな状態なのにおまけに義父の分の固定資産税(年間数十万円!しかし1期分だけは義弟が払ってくれる)
までも払っていたので正直夫には
「まだ養育費を払っている状態で親の固定資産税まで払うとはおかしいやないか!」
と言いたいところだったがあとすこしの我慢だと思い頑張ってやっと終わりました!
はぁ~すっごい大きな荷物を降ろした気分です。

友人も
「だんなさんも誠実な人やね~でもあんたもよく頑張ったわ」
なんて感心され
夫も最後の養育費を渡したときには
「どうも長いことありがとう。おかげでやっと終わりました」
とねぎらってくれたものだ。

そうよそうよ夫よ。
わたしが妻じゃなかったらひょっとしたら息子君にもきちんと払って上げられなかったかもよ~
鬼嫁だったら
「な~んでうちも生活が苦しいのにそんなガキにまで払わなきゃならんのじゃーーーこらーー!」
なんて言うかもしれぬ(正直ちょこっとそう思ったことはあります。。)

バツ1の人と結婚するというのはこういう苦労ももちろん想定してかなり悩みました
しかしそんなことすらこの人となら乗り越えていけると思い夫と結婚しました(ちょっとノロケ~)
若かったので「愛情があればなんとかなる」なんて思ったのですが
実際きつかった!

こんな大変な支払いをしているというのに男というヤツは
自分で家計管理をしてないせいかあまり苦しいという実感がないらしく
バイクが欲しいだのクルマが欲しいだの言いやがるので
イライラしたことも多々ありましたがね…

でもそれももう終わりました
来月からはかなり楽になります
今までなかなか貯まらなかった貯金も増やさねば~です


さて治療の方は明日でプレマリン(卵胞ホルモン剤)が終わります
病院へ行き多分内膜の状態を診てもらい胚移植の日を決定されると思います

お金の悩みが減った分かなり気分は楽になってます
この気持ちの変化がいい方に作用してくれればなぁ~
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。