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ひっさびさに夫婦生活を持ってみました。。
なんと昨年の円錐切除(11月だったっけ)の前からご無沙汰なんで
もう何ヶ月ぶりよ!?
そして今年初です…オイオイ

いいのか?うちら夫婦。。

自己流のタイミングといっても基礎体温も測らず
手帳に記した前回の生理日だけが頼りの、まあいい加減もいい加減な自己流です。

0.0000…1%の奇跡が起こればたいしたもんですわね┐(´-`)┌


しかし昨日からまたPMSが出始めたんで奇跡やはり起こらず…ハァー
夫のキモチ    05/10/2006
夫は不妊治療に関しては殆ど口を挟む事がありませんでした

初めて不妊外来を訪れたときにわたしが色々と説明しても
「ふ〜ん」
って感じであまり興味を持つ風でもなかったっけ…
かといって「そんなことしてまで子供なんかいらん!」
という不妊治療否定派でもなかったなぁ

AIHやIVFのときも文句も言わずに仕事の予定をやりくりして
きちんと言われた時間に提供してくれたりでちゃんと協力はしてくれたのだけど
生理が来て落ち込んでいるときも一緒になって落ち込む事もなく
「仕方ないやん〜やっぱ授かりものなんやし」
とあっさり言うだけで
「なんだかこの人ホントに子供が欲しいのかしら?
わたしが欲しいと思うよりはこの人にとっては子供なんてどうでもいいものなんやろうか?
実際(前妻との間に)一人子供がいるし…」
とすでに子持ちの夫にはわたしほどの思いは無いのかも知れん…
そう思ったものでした

そんな風に夫は本当は子供なんてどうでもいいのだろうと思っていました。

そんな先月、初めての妊娠反応が出て家に帰り、夫に
「Yちゃ〜ん、陽性が出たよ〜うれしいよ〜」
とうれし泣きをしながら伝えたときは夫も涙声でわたしの頭を撫でながら
「そうか〜よかったなぁ〜頑張ったもんなぁ〜よかったよかった!」
と頭をグリグリやられたときは正直ビックリしました。

こんなに喜んでくれるとは夢にも思わなかったのでした。

もう次の日は
「俺さぁ〜今日仕事中考えたんやけど。子供の名前!」
「ちょっとまだこの先どうなるかもわからんのに気が早すぎだよ〜」
といいながらも夫の早とちりがなんか嬉しかったものだ。
「で、どんな名前?」
と聞いた名前はちょっと古風な女の子の名前。。
その他の候補も女の子の名前ばかり。
「なんで女の子のしかないの?」
「なんかさ〜絶対女の子の気がする!」
と言い張ったものでした。

なぁ〜んだこの人あまり治療について事細かに聞いたり
わたしがちっとも妊娠できないで辛い思いしてるときも
静かに傍観してる感じだったのに結局うれしいんじゃん〜
ていうかわたしよりも浮かれポンチじゃないかい?



なんかね、やっぱこの人との子供欲しいわ。。。
絶対親ばかだし(夫の)希望通り女の子だったらデレデレだろうし
男の子だって結局かまいまくって可愛がってくれそうだもんね。

今すぐはまだ考えられないんですけどね
でもまたそのうちに…なんて思いつつあるのです

夫の親父っぷり見てみたいですしね(笑)








治療費    05/08/2006
         凍結胚盤胞移植
        解凍     15750
        長期培養法 52500
        胚盤胞移植 42000
       ------------------
        合計    ¥110250

 
          切迫流産入院4月25日〜4月27日
  検査、注射、投薬、入院料すべて ¥39300

また頑張って稼ぐか〜(笑)昔はホント風邪ぐらいでしか医療費なんてかからなかったのにさ…
健康である事がいちばんですわね〜

診察    05/08/2006
今日は流産後初めての診察でした。

待っている間わたしの隣に4人ほどの団体さんがいて
妊婦さん本人…まだ初期らしく今日が初めての判定だったらしい
と、母親、姉、おばさまらしき人という団体さんだが
超音波写真とわたしも陽性判定時にもらった妊娠初期の人の注意事項の書かれた紙を持って
大はしゃぎの模様でした

今までのわたしはそんな光景も微笑ましく思って見てたものですが
さすがに今のわたしにはきっついっす…

しかし気にせぬそぶりをして耐えておりました。

こんな不妊さんの多い病院でそんなにはしゃぐでない〜
…なんて思ったのはわたしだけではなかっただろう…
あぁこんな事思ってしまう自分の器の小ささが嫌になるわ…

と自分が情けなく思いながら待っていました

やっと自分の順番が来て内診してもらい、もう次の周期にリセットされているのを確認できました
まったく初期の化学流産だったので身体の回復は早い!
先日(切迫の入院時)ついでにやってもらったがん検診も異常なしでしたし。


さて今後どうする?という話になったのですが

一応治療は40歳までって決めていたし…
もう治療はしないことに決めましたという事を伝えたら

「せっかく(流産したとはいえ)着床できたのに今諦めるのは惜しいな〜
45や50近い子でも頑張ってるのに…
でも自分らで決めたのなら仕方ないね」

まだまだ頑張ってる人たちはいらっしゃるのだなぁ。。。
と思ったらなんか決心が揺らいできてしまいました。

最後には
「でもまだ諦めきれないところもあるんで、気が向いたらまた来てしまうかも…」
なんて事もつい口走ってしまった!



実は流産後の日記ではあんなこと(子供は諦めたと)書いたのですが
GW中に甥っ子たちにあったり今日も病院で可愛い赤ちゃんをみたりして
本当にこのまま諦めていいのか、いくら高齢といってもまだ一応妊娠可能な状態で
ずっと後悔の念を抱えたままでいいのか…
本当に気持ちに区切りがつけているのか…
考えていたのです。
そこで先生の言葉にあやふやな決心があっさり揺らいでしまいました

やっぱあきらめきれんわ〜って事です
先生も
「うん、またやる気になったらいつでもおいで」
と言ってくださったので、まぁあまり結論を急がずに
ゆっくり考えてまたその気になればまた頑張ってみるもよし。
このまま子供のことがどうでもよくなればそれもいいでしょう。


でも今はやっぱ治療の事は忘れてゆっくりのんびりしたい気分です
働いてお金が溜まったらまたIVFも考えるかも…

あぁなんて優柔不断なわたし…
入院してました 2    04/28/2006
↓1からつづき

2日目も相変わらず寝たきりで洗面とトイレ(病室にある)に立つ以外は
殆どベッドの上。
食事はなかなかボリュームがあり味付けも悪くはないのでなんとか殆ど食べられます。

朝採血してプロゲストンデポーを打ちひたすら横になりテレビを観る。

昼過ぎに実母が見舞いに訪れ
「まぁ〜あんたって子はいつもいつもビックリさせる子やね〜
わたしゃ頓死するかと思ったわ〜」
と開口一番いかにビックリしたかを述べながら入ってきました(笑)

「すんませんなぁ〜」
「もうね、去年の事(子宮頸がん)よりも驚いたて〜頭ん中ぐちゃぐちゃやわ」
と大げさなくらいにまだビックリ度をしゃべってるし…モウイイヨ

そう言いながらもケーキやおかきなどの娘の好物はちゃんと覚えていてくれ
やっぱ親はありがたいなぁ〜と感謝。

その後夕方までいてくれその間わたしは許可が出たのでシャワーを使って
その間母がシーツの中でくちゃくちゃになった布団を直してくれ
快適に眠れるようベッドメーキングまでしてくれて帰っていきました。

なんとか母にも娘であるわたしの赤ちゃんを抱っこして欲しいなぁ…

そう思ったところで看護師さんが
「yukipooさん診察しますよ〜」
と呼びにきてくださり車椅子で診察室へ。

予定では明日が診察なのにな…

そう思いながら待っていると先生に意外な事を言われた

「妊娠を示す数値が上がってこない…普通は倍倍で上がるんだけど数値が横ばい。
これは赤ちゃんが発育を止めてしまったということ。
どうする?もう帰るか様子を見るか?」

一応内診台へあがり超音波で診てもらう

「あれ?内膜はまだ厚いなぁ。普通赤ちゃんが成長止めたら
どれだけ黄体補充しても内膜は減るんだけど…」
と言われなんだか奇跡が起こりやしないかと思い
「もう少し入院して様子を見てください!」
と頼み、先生も
「そうか、じゃあどうかうちの(検査の)機械が壊れていた事に賭けよう」
と言って下さりもう少し入院して様子を診てもらうことにしました。

病室に戻り泣きそうになったけどここで涙なんか出したらあかんなぁと思い必死でこらえ
その後はひたすらお腹に手を当てブツブツと
「どうかどうか頑張って生きてよ〜ちゃんと生まれてきてよ〜動けー動けー」
と念を送り続けていました。
夫が来てもこの事は伝えず普通に振舞って面会が終り帰るときも
普通に(心で泣いての状態で)送りました。
どうか明日の結果が良いものでありますように。
病院の機会が不具合を起こしていたということでありますように。



翌日再び採血。
プロゲストンデポーを打ち、着床の診断が下ったときに打った
赤ちゃんの免疫を高める注射を(カナリ痛い…)お尻に打ち
祈るような気持ちで外来診察のときを待ちました。

昼食後母がまた来てくれ、しばらくすると看護師さんが来て外来へ…

どうかこの母のためにも赤ちゃん生きていてくれ〜と思いながら待つ事数分。

結果、数値はどんどん下がってきているとの事。
もうこれは機械の故障でもなく、赤ちゃんは自ら生きるのを止めてしまってました。

まだ着床がわかり日が浅いので
手術もすることなく自然に出血して出てしまうという事です
普段より重めの生理が来るという感じでしょう
身体にはあまり負担が掛からない時期というのは不幸中の幸いなのですが…


さてもうここ(病院)にとどまる意味もなくなったし退院する事に。
昨日は車椅子で病室へ送っていただいたのがもうそれも必要なくなり
歩いて病室へ戻りました。
泣くまいと思い無理しおかしな笑顔のまま診察室を出て病室に戻り
母の顔を見たらはらはらと涙が…
「お母さん〜赤ちゃんあかへんなんだ〜成長止まっちゃった
うぇぇ〜ん…」
幼稚園の子供みたいに泣いてしまった

母は
「あ〜可哀相に〜わたしのyukipooちゃん!」
なんていうタイプのひとじゃないので
「しかたないよ。わたしは心配しとったんやよ。
あんたがこんな世の中で今さら子供生んで育てていけるか。
今回のことはもうあきらめやぁ。縁のなかった子なんやでね。」
と実に母らしい言葉をかけてきました。
でもなんだかんだ言ってもちょっと嬉しそうにしていて昨日なんか
「腹帯とかどうしたらいいんや?
天満宮で印押してまってわたしが持っていきゃあいいんか?」
なんて早とちりなこと言ってたし。あのぶんじゃ初節句の心配までしてたろう…


はぁ〜本当難しいや。
欲しくて欲しくて頑張ってやっと手に入りかけていたのが
スッと消えてしまったようにあっけなく終わってしまいました。

もうわたしたち夫婦はこれ以上の治療は望んでいないし
あの注射に通う日々もしんどい採卵ももうする気力も労力も
わたしにはありません。
自然妊娠などはもう殆ど不可能でしょうから生涯子供を持つ事はないでしょう。

これはもうずいぶん前から心に決めていたし
この治療で最後にすることにしていました。

今回妊娠(着床)する事ができたのだから頑張ればまた妊娠できる。
そういう思いも頭をかすめましたがだからといって次回また治療をして授かるものでもないでしょう。
もうなにしろ気力が無い…

そういうわけでわたしたちはもう子供の事は諦め
夫婦ふたり今までどおり仲良く、豊かな老後を楽しく充実した思いで過ごせればなぁなんて思っております。

もちろん親子連れを見かけりゃうらやましいし
妊婦さんをみれば「わたしだって…」て思うだろうし
年を取り死ぬ間際まで子供を持てなかったことは残念に思うでしょうが…

だからといって妊婦さんを恨んだり
子のいる夫婦に意地悪な事をいったりする気はサラサラ無いし
どこの家庭の子も幸せになって欲しい、妊婦さんは元気なよい子を産んで欲しい。
そう願い続けていきたいと思っとるのですわ。

今現在このわたしの拙い文章を読んでくださる方で
赤ちゃんが欲しいその一心で治療を続けている人
どうか治療が実りいつか可愛い赤ちゃんがきてくれるますように…

治療の成果が実り待望の赤ちゃんを抱く事が出来たママは
どうかその宝物を大事に大事にしてください。
子供が授かりこの世に出てこられる奇跡を知っている両親から生まれた赤ちゃんはきっと命を大事にし、だれからも愛される素晴らしい子供さんだもの。大事に育ててください。

それとお祝いのコメントをくださったお友達
どうもこんな報告でごめんなさい
きっとyukipooはいい報告をしてくれる!そう思ってる方ばかりだったでしょうに。。
こんな報告でわたしも残念無念です。。

今後もまたこちらのブログで愚痴や日常のくだらない事を書いていくつもりです。
赤ちゃんのいる人いない人、不妊治療中の人…
こんな今のわたしにコメントはつけづらいかもしれませんが
また書き込んでくださると嬉しいです


今現在まさに生理がきそうなお腹と腰がダルくてどーんとした感じがでてます
出血は殆どみられないのですが
まだあの成長を止めたタマゴは内膜にくっついているようです。。。
そう思うと何となく切ないけど…


では今度は完全復活したyukipooを楽しみにしていてください♪